ベルト・ケンプフェルトとビートルズの邂逅!(後篇)

☆注意⇒前篇からお読み下さい・・・・。

さてここで、ベルト・ケンプフェルトへと話が繋がるのだが、この「My Bonnie」のレコーディングのプロデューサーを務めていたのが、何と彼だったという驚愕(と言うほどでもないが!)の閑話休題。

ハンブルグ在住で、独グラモフォン傘下のポリドールレコードのA&RRecording Producerを兼務していたベルケン!は、友人のロック歌手!の推薦で、Tony SheridanThe Beatlesのトップテン・クラブでの演奏を聴き、レコーディング契約を即決!!しかもその契約はポリドール・レコードとの契約ではなく、「Bert Kaempfert Production」との1年契約だったと言うのだから、さらに驚愕!である。山師根性があったのでしょうか??

 

1958年に「真夜中のブルース」をスマッシュヒットさせたとは言え、まだまだ楽団運営は順調とは言えず、A&R業も手広くやっていたのでしょう。ところがこの直後の1962年に、「Wonderland By Night 星空のブルース」が全米でチャート1位を記録した為なのか?どうなのか?、The Beatlesとの契約は更新されず1年のみで終了。逃がした魚は大きかったのでしょうが、契約延長していたとしたら「Strangers In The Night 」という名曲は生まれなかったかも知れず、人生の巡り合わせは謎だらけ!!

それよりも何よりも、The BeatlesBrian Epsteinという稀代のマネージャーと出会うことも叶わなかった訳で、現在の音楽状況はかなり違ったものになっていたことでしょう。

 

その後、Tony Sheridan & The Beat Brothers名義のシングル盤「My Bonnie c/w The Saints」は、独ポリドールより196110月に無事リリースされた。

その噂を聴きつけたリヴァプールのビートルマニアが、Brain Epsteinの経営するレコード店に買いに来て、在庫が無かったので店員に尋ねる⇒そんなことが何度か続き、店員がBrian Epsteinに報告⇒ドイツからシングル盤を取り寄せる⇒The Beatlesの初音源なので多数のファンが買い漁る⇒気になったBrian Epsteinが、Cavern Clubキャバーン・クラブにThe Beatlesを観に行く⇒直感的に閃く!!⇒マネージャーとして立候補!!

••••と言うサクセスストーリーが、この時、リアリティを持って蠢き始めたのだ!!


そんなBert Kaempfert Orchestraの、第2次絶頂期1967年のライヴ映像を!!

TVのショウ番組の中で、4曲メドレーを披露!!

African Beat

Wonderland By Night

A Swinging Safari

Strangers in The Night

1964年リアルタイム購入の「My Bonnie」日本グラモ

フォンのシングル盤(タイトルの英語スペルが間違ってるし、アーティスト名をビートルズと表記してしまっている)

時代性を感じさせるグラフィックアートの中袋


これまたレトロなデザイン

レーベル面